友達について、まとまりのないお話。
まずはこのエントリーを紹介します。
【人間関係】友達が少ない人ほど信用できる理由。 - 未来は変えられるの?
物議を醸しそうな雰囲気出してますよね。こういう記事はツッコミの練習台として楽しいです。
そうは言うものの、僕はこの記事に7割方賛成。人付き合いの苦手な僕には共感が多かった。常々予防線として「友達少ないからさ」と口にしてきただけはある。
友達という言葉は扱いに困る
薄いコミュニケーションしかとっていないにも関わらず。すぐに友達扱いすることは、相手を軽んじる行為だと理解しているからです。
友達という定義をくっきり持ってしまうと友達とそうでない人に対して境界線を引いてしまうのです。
紹介した記事からの引用です。
人間関係はもっと複雑で自分と相手の関係を一言で表そうなどと試みるのが間違っているのだ!形容詞をいっぱい並べて表現したい!僕が行っているのは、言葉で人と人との境界線を作るというよりも、各々に名付けるイメージでしょうか。
英語のcompanyという単語はその点一言でも僕の言いたいニュアンスに近しいと思う。
互いに心を許し合って、対等に交わっている人。
一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。
国語辞典によると友達の定義はこうでした。
心を許す、対等に、親しい、これらの定義も曖昧ですから、友達という言葉は出来れば避けて生きたいのが正直な所です。
友達、の違い
大学に入って色んな人と出会う中で、『こいつ、胡散臭いぞ??』と思う人は大抵出会ったばかりの僕を友達と呼びます。
大学で生き延びるためには社交性が必要ですから、「せやな!君がそういうなら!(そうかもしれないけど僕は違うよ)」と答えます。
悪意あって人を友達と呼ぶ人はいません。100%の好意なんだけど、ひねくれに定評のある僕は相手を疑います。
疑いをもった相手には観察を続けます。すると、大まかに2タイプの人種に区別できるようになりました。ひとつは、心の底から人類皆兄弟と信じて止まないタイプ。もう一つは"友達"という信頼性、親密性を安易に利用しようとするタイプ。
前者にはただただ尊敬。爪の垢を煎じて毛穴という毛穴から流し込みたい。
後者は、、まあ、、うん、、そういう人もいるよね~多様性万歳!!
数年前の僕は何やら尖っていたので人間関係を断捨離していました。『この人は話合わせるの難しいなー(ポイッ』『都合のいい時ばっかり話しかけて来やがって(ポイッ』(HNはこれが由来)
今となってはかなり後悔しています。つまらんプライドを積み上げて自分に無いものを持ってる人を排斥してただけですよね。価値観が違う人と話すことは自分にとって得ばかり!ということに気付くのに時間がかかりました。(所謂)友達は大いに越した事はないね!
僕はやっぱり友達が少ないです。
でも僕の大事にしていきたい人ですからちゃんと胸を張ってどんな人なのかは言えます。
心底尊敬できる魅力を持ってる人達。
恥ずかしいから本人達には伝えないけど笑
これが言いたかっただけじゃないとか言わない!